一般不妊治療・体外受精・顕微授精 西山産婦人科不妊治療センター

院長 西山幸江(生殖医療専門医・臨床遺伝専門医)
名誉院長 西山幸男(生殖医療専門医)

NEW INFOMATION OF INFERTILITY

クリニック便り

2011年秋号

テーマ 男性不妊についておさらいをしましょう

前号では、女性の年齢と生殖力について考えてみました。妊娠のための基本的な条件である「卵巣の働き=排卵」は加齢によって低くなり、いわゆる晩婚は不妊症の大きな原因になるというお話をさせていただきました。

では、男性の場合はどうでしょうか? 男性の場合、妊娠のための基本的な条件は受精能の高い精子が一定数以上あることが重要な条件になります。受精能のある精子が作られることを「造精機能」といいますが、男性の場合も、女性同様に加齢は造精機能に影響するのでしょうか。

不妊症の原因を考えるとき、ともすれば女性因子(女性側の原因)が多いように思われがちですが、男性因子が原因となっていることも少なくありません。 そこで、今号では、造精機能を中心に男性の生殖力について考えていきたいと思います。

妊娠成立のための男性側の条件についておさらいしてみましょう。
男性の生殖力とは…

妊娠が成立するためには、【1】動きのよい【2】形態が正常な【3】十分な数の精子が、女性の腟内に射精されなければなりません。つまり、精子の数が少ない、形の悪い精子が多い、動きの悪い精子が多い場合には妊娠しにくくなります。

男性が精子を作る力を「造精機能」といいます。男性の生殖力の基本は、何よりも造精機能が正常で、活発であることが重要な条件です。

また、女性の腟内に精子を送り届ける性行為を行う力も、男性の重要な生殖力のひとつです。最近、ED(勃起機能の低下)といって、心理的な因子などによる勃起障害に悩む男性が増えているといわれています。過労やストレス、過度の飲酒などの食生活の乱れ、あるいは糖尿病や高血圧などが原因になっている場合もあります。

さらに最近は、加齢によって男性の性腺ホルモンの分泌量が低下することによって起こる「男性更年期」が性欲低下やEDの原因として注目されています。男性更年期は「Low(ロー)症候群」とも呼ばれています。

精子はどのように作られ、卵子の周りに到達するのでしょう。
完成精子の基は精巣内の精細管にある精祖細胞です

精子は精巣の中の精細管と呼ばれる管の中で作られます。精細管の中には精子の基となる 精祖細胞があり、精祖細胞からは第一精母細胞→第二精母細胞→精子細胞→完成精子へと、発育していきます。なお、完成精子はおたまじゃくしのように尻尾のある形です。そのひとつ前の精子細胞の段階ではまだ尻尾はなくて、丸い形をしています。

このような精子の形成過程を女性の成熟卵子の形成と比較してみましょう。男性の精巣は女性の卵巣にあたります。女性の場合、脳の下垂体から卵胞刺激ホルモン(FSH)が分泌され、卵巣を刺激します。その後、卵巣から分泌されるエストラジオールやインヒビン、さらに黄体化ホルモン(LH)等が卵子の発育に関与しますが、男性の場合、精子の発育には主に、精巣から分泌される男性ホルモン(テストステロンやアンドロゲン)が作用しています。

女性の場合、卵子の入っている原始卵胞が成熟卵胞に発育するまでには150日以上必要だと考えられています。このことは当月排卵した卵子はすでに5回の月経周期の前から発育し始めていたことになりますが、精子の場合は精粗細胞が完成精子に発育するには約64日必要だといわれています。

そして、成熟卵胞内にある卵子は排卵に向けて原則として約28日間に1個ですが、精子の場合は日々生産され続けます。毎日休みなく数千個から1億個の精子が作られ、そのお陰で1回の射精で数千個から数億個の精子が送り出されることになるのです。

完成精子は精液の中に混じって射精されます

完成精子は精巣の出口である精巣上体に運び出され、精管を通って尿道から射精されます。精巣上体は精子の貯蔵庫のような役目を果たしていて、最大で10億個ぐらいの精子を貯蔵できるそうです。

さて、精子が精液中に占める割合はたったの1パーセント! あとの99パーセントは精嚢および前立腺から分泌される液体です。精巣上体から尿道へ至る過程で、精嚢や前立腺からの分泌物と合流して、いわゆる精液が作られるのです。さらに、精子は男性の体内にいる間は、運動性が抑えられています。体内で動きまわることでエネルギーを消耗しないようにする仕組みが備わっているためと考えられています。

精子は平均すると約2時間で卵管へ到達します

腟内に射精された精子は、子宮の入り口の子宮頸管から子宮の中(子宮腔)へと移動し、さらに子宮腔に続く卵管内部へ入り、受精の場である卵管膨大部へと到達します。精子が卵管膨大部に達するには平均すると2時間程度かかりますが、なかにはもっと短時間で到達する元気な精子もいます。子宮の入り口から卵管膨大部までの距離は約18㎝です。わずか約0.06mmの大きさの精子にとって、この距離は大変な長さですから、卵管膨大部まで到達できる精子は、射精された精子の10,000分の1にも満たない数十~数百ぐらいになります。このような熾烈なコースを泳ぎきった精子が卵子の細胞質内に進入し、受精を果たすことになるのです。

精子の条件がよいことが卵子への受精の機会を高めます。

これまでの説明をご理解いただければ、妊娠が成立するには、冒頭に述べたように【1】動きのよい【2】形態が正常な【3】十分な数の精子を作る力があることが求められます。まして、男性不妊は不妊症の約40%を占めますから、精液検査は極めて重要な検査なのです。

精精液検査とは…

精液検査では、精子濃度、運動率、形態などを正確に調べます。診断となる基準は2010年に決められたWHOの基準値が用いられています。

精液検査を受ける際の注意として、4~7日の禁欲期間が必要です。1回射精をしてから4日程度で精管は新しい精子で満たされ、精嚢や前立腺も十分な分泌液で満たされます。このような状態の時に射精すると良好な精液が得られます。通常、精液検査で5~7日の禁欲期間が勧められるのは、禁欲期間が長くなると運動率が低下するためで、検査は主治医の指示に従うようにしましょう。

また、精液の性状は体調やストレスなどによっても変動しがちです。このため、1回の検査ではなく複数回行って診断することもあります。

正常精液の基準値(WHO 2010年)

精液量 1.5ml以上
pH 7.2以上
精子濃度 1500万/ml以上
総精子数 3900万/ml以上
総運動率(前進+非前進) 40%以上
前進運動率 32%以上
精子生存率 58%以上
精子正常形態率 Kruger's strict criteria で4%以上
白血球数 100万/ml未満
精子の形態
精子の形態

精子は頭部、中方部、尾部から構成されています。一番左が正常形態の精子です。
それ以外が奇形精子と呼ばれる精子で、頭部が極端に小さい精子や2つついている精子、尾部が2本ある精子などがあります。

精液性状による診断(WHO 2010年)
正常精液 WHOの正常精液基準値を満たすもの
乏精子症 精子濃度が1ml中に1500万未満
精子無力症 総運動率が40%未満、もしくは
前進運動精子が32%未満(射精後60分以内)
奇形精子症 正常形態精子が4%未満
乏精子−精子無力−奇形精子症 精子濃度、運動率、精子正常形態率のすべてが異常
無精子症 精液中に精子が存在しない
無精液症 精液が射精されない
男性の造精機能も加齢の影響を受けます。
男性の造精機能は加齢によって働きが低下します

女性の場合、だいたい35歳ぐらいを境に卵巣の働きが低下して、成熟卵子を排卵する働きが急激に低下します(前号を参照ください)。男性の場合も45歳ぐらいから造精機能が低下すると考えられています。背景には30歳ごろから男性ホルモンのテストステロン分泌量が徐々に低下することが関係しています。ただ、男性の場合、分泌量の低下カーブはゆるやかなため、女性のように急激に妊孕性が低くなることは少ないのです。一般的にいって、50歳ぐらいを境に男性も生殖力が低下するという研究報告もあります。

男性にも更年期があります

これまで、更年期といえば女性だけのものと思われてきましたが、男性にも更年期はあります。加齢によって性腺ホルモンの分泌量が減るのが大きな原因ですが、過労やストレス、食生活や運動不足などの生活習慣なども関係します。
女性の更年期にあるような症状、たとえばのぼせや冷え、肩こりや頭痛、疲れやすい、寝つきが悪い、気力が落ち込むなどのほか、男性に顕著なのが性欲がわかない、勃起力が低下するなど性機能の低下です。
これまでは男性に更年期はないとされていて見過ごされていたこれらの症状ですが、最近ではLow症候群として治療の対象となっています。とくにED(勃起能力の低下)は性行為の減少につながり、不妊症の一因になっている場合もあります。

職場環境の厳しさが男性更年期の若年化を招いているケースも

30代、40代は働き盛りです。職場環境に恵まれている男性であっても、残業や休日出勤による過労を強いられかねません。まして、今の日本は大震災や未曾有の円高など経済環境はことのほか厳しくなっています。そんななかで、男性たちの心身のストレスはかなり増大していると思われます。こうしたことが男性の性欲減退につながり、性生活も少なくなっている可能性は高いでしょう。
女性の場合も心身のストレスが卵巣機能を低下させることはよく知られていますが、男性もまた環境因子に大きく左右されています。女性の若年性卵巣機能不全が問題になっていますが、男性もまた男性更年期の若年化が危惧されているのです。
個人で解決しかねる環境因子もありますが、男性更年期やEDに関してはホルモン補充療法をはじめとして、治療法や対策がたてられるようになっています。泌尿器科が担当する分野ですが、思い当たることがあれば、まずは不妊症主治医に相談し、適切な医療機関を早めに紹介してもらうのもひとつの方法です。

さいごに

今号では男性不妊について、基本的な情報を整理してみました。

幸いなことに男性不妊の場合には、治療の最初の一歩としてAIH(配偶者間人工授精)があります。AIHに関しては、精液を洗浄濃縮することで受精能の高い精子を選択する方法が発達しています。合わせて、ホルモンの検査と超音波検査などで女性の排卵時期を正しく予測することで、AIHの成功率を高めることができます。男性不妊については、AIHや顕微授精など、治療法は飛躍的に進歩しています。しかし、不妊治療に挑戦したい、あるいは現在不妊治療を受けておられる方々の究極の願いは、ご夫婦の間に愛のある性生活があり、その結果として赤ちゃんを授かることではないでしょうか。

次回は、精子洗浄濃縮法を中心に、AIHの具体的な方法について、そして不妊症の定義をキーワードに性生活について若干の考察をしてみるとともに、不妊カウンセリング学会などで発表されている患者様の悩みや解決策を取り上げながら、治療を希望されるご夫婦がより安心してチャレンジしていただけるような内容を考えてみたいと思っています。

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