暑い夏から急に季節は冬の寒い日となってきました。消耗した体力もそろそろ回復してきた頃かと思います。前号からお話を進めてきました「健康と綺麗」、体の恒常性に欠かせないホルモンを思い出していただきながら、第二の脳と言われる腸について2回に分けてお話を進めていきたいと思います。
腸は脳同様に免疫力向上に深い関係を持っています。では免疫力とは何かを考えると、生殖機能を含めて、私たちの生体としての活動性に強く影響を及ぼしています。1回目の今号では健康美を活性化するために大切な腸の働きについて、2回目は毎日の食生活を含めて考えていきましょう。
Part1 基礎知識…腸の働きとは
食という字は人を良くすると書きます。生物である私たちは日々、食物を摂取することで、生命活動を維持しています。良き食が私たちの生命活動に深く関与しているのです。
ここで、日々口にする食物が私たちの体内でどんな経緯で栄養となり、生命活動に関与しているかを知るには消化器とくに腸の働きが鍵となります。基礎知識として腸の働きについて整理してみましょう。
腸とは小腸と大腸のこと
摂取した食物を粉状の形に消化し、栄養素に分解して体内に取り入れる働きをするさまざまな臓器を消化器系と総称します。消化器系は口とのどから始まり、食道、胃、小腸、大腸、直腸、そして最後の肛門まで、長いひと続きの管状になっていますが、腸とはこのうちの小腸と大腸を指します。食物の消化と栄養の吸収のほとんどを引き受けているのが小腸です。
口から体内に入った食物はのどから食道を通過して胃に届き、ここで半分程度消化され、さらに小腸で膵液や腸液、胆汁によって完全に消化され、いろいろな栄養素に分解されて腸管から血液の中に吸収されます。大腸は主に水分の吸収を担当しています。
腸は体の健康を反映するセンサー
腸は体の外に通じるドアを持っています。内視鏡検査を例にするとよくわかります。胃の内視鏡検査では口から挿入して食道や胃を、大腸の内視鏡検査では肛門から挿入して大腸内部を観察することができます。胃と大腸の間にある小腸についてはこれまで内視鏡検査が難しく『暗黒の臓器』と言われていましたが、世界に先駆けて日本で小腸内視鏡が開発されました。いずれも、内視鏡を挿入する外界に通じる出入り口がないとこの検査を行うことはできません。
つまり、腸は体の外に通じるドアをもつ分、外界からの影響を受けやすく、「免疫の最前線」といわれると同時に、もっとも病気の種類が多い臓器とされています。言葉を代えると、腸は全身の健康状態を敏感に反映するセンサーともいうことができます。
腸は脳と深く関係する臓器
「断腸の思い」という諺があります。腸がちぎれるほどにつらい思い…という意味ですが、実際、何度も激しい腹痛に襲われた人をいくら検査しても腸の病気は見つからず、脳がキャッチする強い心理的ストレスが原因になっていることがあります。心理的な要因は腸のぜん動運動や消化酵素の分泌など、腸の働きに大きな影響を与えるため、このような脳と腸の相関関係を「脳-腸相関」といいます。
しかし、最近は、逆に腸の働きが脳に大きな影響を与えるという意味で、「腸-脳相関」という言葉が使われるようになっています。いったい、どうしてでしょう。
食欲を例にあげると、脳の視床下部から分泌されるホルモンが食欲亢進に影響することがわかっていましたが、腸内のホルモンが脳の働き、たとえば食欲中枢を刺激して食欲を亢進させたり、低下させることもわかってきました。腸と脳はホルモンを介して深く関係しているのです。
腸内細菌叢のバランスが腸の健康を守る
私たちの体には多くの細菌が住み着いています。口の中にも、皮膚にも、女性の腟内にもたくさんの細菌が存在しています。そして腸にはなんと500種類もの細菌がいることがわかっています。誰もが自然に体内にもつ細菌を常在菌といいますが、細菌には善玉菌と悪玉菌があり、このような細菌のバランス状態を細菌叢(細菌フローラ)といいます。ある種の悪玉腸内細菌はアンモニアや硫化水素などの腐敗物質や細菌毒素などを作るとされ、これらは腸管に障害を与えてさまざまな腸の病気のもとになることがあります。
また、腸管から血管へ吸収された有害物質が血液を通して全身の臓器に障害を与えることもあります。肌荒れやニキビなど、身近な皮膚トラブルの原因となるだけでなく、細胞の老化や血圧の上昇、免疫力の低下まで、さまざまなトラブルの原因になっている可能性があります。善玉菌優位のバランスのよい細菌フローラを保つことが腸だけでなく体全体の健康維持につながります。
Part2 腸とホルモンの関係
脳と腸は先ほど触れたようにホルモンを通して密接に関係しています。たとえば月経前になると、おなかが張ったり、便秘になる人が多いように、女性の場合は腸の働きに性腺ホルモンが関係しています。
ここで、腸とホルモンの関係について整理してみましょう。
消化の働きと脳腸ホルモン
食物の消化には、食物に含まれる酵素と消化液、そして消化管から分泌されるホルモンが協同して働いています。消化管ホルモンには、食物が胃に入ると胃酸を分泌するガストリンが有名ですが、消化管ホルモンの多くは脳腸ホルモン!
脳腸ホルモンなんて聞きなれませんが、脳または腸から分泌されて相互に影響しあうホルモンのことです。脳腸ホルモンは胃酸の分泌や腸管の蠕動運動に関係しています。脳の視床下部といえば、下垂体‐卵巣系の働きをコントロールする性腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)を分泌する重要なところですが、この視床下部からは甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン(TRH)や副腎皮質分泌刺激ホルモン放出ホルモン(CRH)も分泌されていて、消化器の働きに深く関係していることがわかっています。
心配ごとや精神的ストレスがあると食欲が低下する背景には、脳腸ホルモンも関係しているのでしょう。
前号でホルモンは脳から分泌されて体内をめぐるだけでなく、いろいろな臓器がそれぞれ固有のホルモンを分泌しているとお話ししましたが、脳腸ホルモンも同様です。ホルモンの働きはとても奥が深いのです。
腸には食物を認識する細胞がある
私たちの舌には味を感じる味蕾があって、甘い、苦いなど食物の味を感じることができます。味蕾を構成する細胞を味細胞といいますが、同じような働きをする細胞が腸にもあります。(消化管内分泌細胞と言います。)
ただし、小腸で食物が甘い!なんて感じることはありません。舌にある味細胞とは違って、感じた味覚を脳に送る知覚神経がないからです。
しかし、極端に苦い食べ物が入ってくると思わず吐き出してしまうように、体に悪い食べ物を急いで体外に排泄してしまおうと脳に命令を出している可能性もあり研究が進んでいます。
黄体ホルモンと便秘
女性の場合、排卵と月経周期をコントロールする2つの性腺ホルモンが大きな役割を果たしています。月経周期前半の卵胞期には卵胞ホルモン(エストロゲン)が、後半の黄体期には黄体ホルモン(プロゲステロン)が主に活躍しています。黄体ホルモンには、受精卵が子宮内膜に着床する場合に備えて、子宮の筋肉の収縮を抑える働きがありますが、この働きは同時に大腸の蠕動運動も抑えてしまいます。このため、月経前には腸の働きが低下して便秘になったり、ガスが出やすい、おなかが張るなどの不快感を感じる人が多くいます。
プロスタグランディンと下痢
月経前には便秘だったのに、月経が始まると下痢になったり、おなかがキュッと痛くなる人がいます。月経開始とともに子宮内膜から分泌されるプロスタグランディンが子宮の筋肉だけでなく、腸の筋肉も収縮させてしまうためで、月経痛の原因にもなります。プロスタグランディンは体のいろいろなところで作られ、種類もさまざまある上、複雑な作用をもっています。
患者さまへのメッセージ
今回のシリーズでは「綺麗と健康」を通して体の恒常性を知っていただき健康な体を作るお話をしてきました。綺麗という言葉はスリムな体型や外見の美しさではありません。生命を健康に維持していく体作りなのです。体を正常な健康状態に維持するための心がけが必要なのです。
不妊で悩む患者様の体の改善に少しでも役立てられれば良いと願っていつもテーマを考えてきました。「妊娠しやすい体作り」を質問されることが多くあります。妊娠しにくい原因には個人差があります。答えがすべての患者様に合うものではありません。しかし、いつも申し上げるのは「好き嫌いのない食事」と「栄養バランスの良い食事」が大切ということです。
また、早寝早起きなどの生活リズムも大切ではないでしょか。
最近、鳥類を対象として研究ですが、脳の視床下部からは性腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)だけでなく、これを抑えるホルモン(GnIH)が分泌されていることがわかりました。同時に「光刺激」がこの抑制ホルモンの分泌量と関係していることを示唆する結果が出ています。早寝早起きの生活リズムは脳の視床下部の働きを整える一方、夜になっても光刺激の過剰な環境が性腺機能を乱す可能性があるわけです。
体の仕組みには神秘な部分もあります。どんなに科学が進み医療が進んでも言葉で説明できないことも多くあるのです。 焦らず、ご自身の気持ちを楽にして希望の治療を続けてください。未病のもとを振り返ってみて修復し、体の免疫力を高めてみましょう。寒い季節になります。体が温まるしょうが茶で一息入れてリラックスしてみましょう。
新しい年を迎えるのももうすぐです。皆様にとって幸せな年になりますように・・・。
不妊カウンセラー 西山純江