一般不妊治療・体外受精・顕微授精 西山産婦人科不妊治療センター

院長 西山幸江(生殖医療専門医・臨床遺伝専門医)
名誉院長 西山幸男(生殖医療専門医)

NEW INFOMATION OF INFERTILITY

クリニック便り

2012年春号

テーマ ご夫婦が仲良く治療を続けるために… PARTⅠ 妻の思い、夫の思い、そして性生活のことも

年も明け平成24年を迎えています。昨年の未曾有の自然災害もいまだに先の見えないままに時が過ぎていくばかりですが、季節は春の訪れを告げています。今年は辰年、龍が天高く昇るように震災後の復旧にも明るい兆しが訪れることを期待したいものです。福島第一原発の放射能の飛散は、早い解決は難しいようです。でも、地球は息づいています。未来を信じて前に進みましょう。 今年も、西山産婦人科クリニック便りでは皆様に役立てていただける内容をピックアップしてお話ししていきたいと思っています。 「日はまた昇る」です。心に「希望」を持って一緒に進みましょう。 今号では前号までのシリーズに関係した内容を踏まえ、治療中のご夫婦が抱いている悩みや不安を取り上げ、Q&A形式にしてみました。  ご夫婦が仲良く治療を続けていただけけるために少しでも参考になればと、願っています。

夫婦間の治療への姿勢や熱意の違いについて
Q 夫婦の間で治療への熱意に差があります。夫は本当に赤ちゃんが欲しいのかしら?と不安に思うことがあります。

 女性と男性の間にはお子さんを望む気持ちや治療への熱意に温度差があるものです。女性は生む性であり、脳から分泌されるホルモンも男女では異なる「性差」のせいでしょうか。また、女性はさまざまなことを同時に考えたり、できたりしますが、男性はいろいろなことを同時にはできない傾向があります。 女性は仕事や家事をしながら検査や治療のことを考えることができます。ところが男性は仕事のこととしか考えることができません。テレビを見ていると違いがよくわかります。女性は「あなた、明日の検査のこと、忘れていないわよね?」などといいますが、男性はテレビに集中していますから、とっさに答えることができません。熱意がないわけでもないし、忘れているわけでもないけれど、女性のようには応用がきかないのです。責めても仕方がないし、男性とはそういう存在だと認めるほうがいいのかもしれません。 治療の結果、妊娠がわかるととても喜び、「夫が強く妊娠を望んでいたとわかった」という声を聞きます。もし妊娠しなかったら悲しむだろうという妻への思いやりから、熱意がないふりをするご主人もいます。そんな「男心」も理解してあげましょう。

Q 夫から私が40歳になるまでは治療を続けよう。それまでに妊娠しなかったら40代での治療をやめようと提案されました。40代の妊娠は難しいでしょうか。

 赤ちゃんを抱くことができて治療をやめるのが理想的です。しかし、すべてのご夫婦に朗報が届くわけではないことも事実です。不妊治療を「乗ってしまったらなかなか降りられないレール」と表現する方がいます。次こそは…とチャレンジし続ける方がいる一方で、年齢や経済事情、人生観などによって、区切りを想定される方もいます。 不妊治療を受けている女性にとって妊娠するための年齢で「40歳」が壁となるのは、女性の妊孕性(妊娠する力)が30代半ば以降、顕著に低下するからです。生殖補助医療(体外受精・顕微授精)の妊娠率・生産分娩率(赤ちゃんを無事出産した割合)をみると、治療周期当たり妊娠率は20代で28%前後ですが、30代前半から緩やかに下降し、30代後半からは著しい下降がみられ、41歳では10%未満となっています。治療周期当たりの生産分娩率も妊娠率と同様に、年齢が高くなるにしたがって低下します。20代後半から30代前半は18%前後ですが、30代半ばから妊娠率同様に著しく低下し、39歳では10%未満となっています(第10回不妊カウンセラー学会開催時「第28回 不妊カウンセラー・体外受精コーディネーター養成講座」より/荒木重雄国際医療技術研究所理事長講演より)。 上記に紹介した数字は、加齢と妊娠成功率の関係を冷静に受け止めるひとつの指標といえますが、しかし10%に満たないとはいえ41歳で妊娠する方もいますし、無事出産される方もいます。 何歳まで不妊治療を続けるか、どのレベルの治療法までチャレンジするかなどは、ひとえにご夫婦の考えによります。よく話し合って焦らず結論を出していただければ良いのです。なお、ご主人が「40歳」という数字をはっきり示したのは、男性は抽象的、あるいは漠然とした言葉よりも具体的な言葉、とくに数字に強く反応し認識する傾向があるからでしょう。 話は飛びますが、ご主人に家事を手伝わせるコツは、漠然と「手伝って!」ではなく、「電球を替える。庭木に水やりをする。この2つをお願い!」と、具体的な数字を提示すると効果的でよいとある講演会で聞いたことがあります。

Q 夫は仕事が忙しくタイミング指導の日の残業を断れずにいます。

 同様の嘆きは多くの女性に共通のようです。日本の企業風土のなかでは、そもそも定時帰宅は難しく、まして、仕事が忙しく同僚が残業するなかでの退社は無理な場合が多いのでしょう。しかし、タイミング指導の日は貴重な「4週間に1回のチャンス」です。何かいい手立てを考えてみましょう。たとえば「嘘も方便」です。妻の体調が悪いので…などの口実を作ってでもぜひ、早い帰宅をお願いしたいものです。 ご夫婦が一緒に主治医の説明を受けるのもいいでしょう。タイミング療法では、排卵前に性生活をもち、精子が待つ状態が理想的ですから、排卵日の性生活が無理な場合には1~2日前であれば妊娠の可能性があります。精子の受精能は数日ある場合もありますが、卵子の受精能は18時間程度なので、排卵後の性生活では妊娠への期待は低くなりがちです。男性は女性より論理的な思考性が強いので、科学者である医師の言葉に納得するご主人は多いものです。直接、説明を受けることで、ご主人は「貴重な1日」の意味をよく理解してくれるのではないでしょうか。

Q AIHにチャレンジしていますが、夫は出張が多く、タイミングよく精液を準備できません。

 仕事が忙しい、出張が多い、単身赴任中などでAIHに合わせての精液採取が難しい場合には、あらかじめ凍結保存した精子を融解してAIHを行うことができます。AIHでは洗浄濃縮法を行って元気な精子を使用しますが、精子を凍結保存した場合も、同様に融解後に洗浄濃縮を行います。また、精子数が少ない場合には数回分の凍結精子を使うこともできます。 なお、男性のなかにはプレッシャーに弱い方もいます。自宅採取の場合「大丈夫?」「早くね」などの言葉は禁物です。心理的な圧迫感が続くと、ED(勃起不全)が誘発されることもありますから、ご注意ください。

性生活について
Q 性生活の回数が少ないのは不妊症の原因になりますか?

 「不妊症の定義」を参考にしましょう。不妊症とは、「生殖可能な年齢にあり、正常な性生活を営んでいる夫婦が、一定期間以上にわたって妊娠しない状態を不妊症(sterility)という」と定義されています。

★「生殖可能な年齢」とは…

一般的には女性は10代後半から30代ぐらいまでの卵巣から卵子が排卵される年齢、男性も精子を作ることのできる年齢、およそですが10代後半から50代前半ぐらいと考えていいでしょう(もちろん、個人差があります)。

★「一定期間」とは…

日本の場合は2年以上となっていますが、最近ではアメリカ産婦人科学会と同じように1年以上とするのが妥当ではないかという意見が多くなっています。

★「正常な性生活を営む」とは…

性生活はプライベートな行為ですし、正常・異常を区別するのは難しいのですが、不妊症を考える上ではいくつかの条件があります。

★性生活の回数とタイミングは…

正常な性生活には適度な回数が含まれます。仮に性生活が月に1回しかなく、その1回が排卵時期と合わなければ妊娠の可能性はとても低くなります。精子の受精能は2~3日(長い場合で5~6日)程度維持されるので、性生活が4~5日に1回程度なら、排卵時期とタイミングが合う確率が高くなります。

★精子を女性の腟内に届けることには…

精子が女性の腟内にきちんと射精される性生活であることが重要です。前号で触れたように、ED(勃起能力の低下)によって腟内への射精が難しい場合、不妊症の一因になっている場合があります。 以上のことから、少なすぎる性生活は妊娠しにくい原因のひとつになるといえます。週1~2回の性生活があるのが理想的です。

Q 男性の場合、仕事のストレスは性生活に影響しますか?

 仕事の疲労やストレスは男性の性欲を低下させます。性生活の回数が極端に少ない場合には、妊娠のチャンスそのものがないわけですから、不妊症の一因になります。最近は日本全体をおおう景気低迷のせいか、仕事のノルマやリストラの不安から、強いストレスを抱えてEDに悩む男性も多くなっています。難しいかもしれませんが、妻としては家庭の中は温かく、心の休まる場所、ストレスがない空間であるように、工夫をしていただきたいものです。 仕事のストレスだけでなく、家庭内の妻との関係がストレスになる場合もあります。たとえば、タイミング指導を受けている場合、その日に性生活をもたない夫に苛立ち、夫を責めることにもなりがちですが、男性にはストレスになって逆効果です。男性の性欲は「視ること」で刺激されるといわれています。にこやかな態度と視覚で刺激する工夫をしていただければいいのですが…。いささか下世話な話になりますが、男性が女性に惹きつけられるのはバスト、ヒップ、足首のくびれ、そしてうるんだ瞳の順だそうです。

Q お酒の飲みすぎは不妊症の原因になりますか?

 微量のお酒は媚薬の役割を果たすといわれますが、量が過ぎるとED(勃起不全)につながりがちです。男女ともに喫煙が不妊症の一因になることはよく知られています。仕事の疲れやストレスをアルコールで解消する男性もいます。アルコールやタバコなどの嗜好品を含めて、日ごろの食生活や生活習慣を見直すことも大切です。

Q 女性が強いと男性の性欲は低下するのでしょうか?

 男性の場合、性欲を刺激するホルモンはテストステロン(男性ホルモンのひとつ)です。このホルモンは男性が男らしさを表現できる社会、たとえば男性本来の力を駆使して女性を守らなければならない状況では大量に分泌されるといわれています。一方、男性が女性を守る必要のない平和な日々、あるいは草食男子の言葉に代表されるように、男性が女性化することが好まれる社会状況、女性の社会進出が進み、経済的にも男性に頼らない強い女性が多くなると、テストステロンの出番は少なくなるでしょう。

Q 1か月に1回程度の性生活はセックスレスでしょうか?

 性生活が少ない理由はさまざまあるかと思いますが、多くは長時間の勤務や休日出勤など、仕事の多忙による疲労が原因のケースが多いようです。日本性科学会では1941年の学術集会で、セックスレスを下記のように定義しています。 【セックスレス・カップルの定義:特殊な事情が認められないにもかかわらず、カップルの合意した性交あるいはセクシャル・コンタクトが1か月以上なく、この後も長期にわたることが予想される場合】とされていますが、1か月に1回の性生活がコンスタントにあるのなら、学会が定義するセックスレスには当てはまらないでしょう。 「セックスレス・カップル」という言葉を初めて提唱した阿部輝夫医師は、「日常臨床のなかで『日本人男性の性欲はどこにいってしまったのか?』と感じるのは私だけだろうか?」と述べ、さらに、「男性の性欲が極めて低下してきている印象があり、Durex社の性交頻度調査で日本は数年続けて世界最下位である」とか、その原因のひとつに「妻の誕生日に『今日は早く帰ります』といえる環境にいる人は何割いるだろうか。否、『今日は早く帰らせてもらっていいですか』とさえ言い難い人が多いと推測する。日本は勤勉・滅私奉公を美徳として産業を発展させて今日に至った。子作りをする暇も惜しかったのかもしれない」と述べています(第10回不妊カウンセリング学会より)。 少子化対策が叫ばれている今日、子作りに励むことのでき、仕事とプライベートタイムを切り離せることのできる職場環境が整備されることが望まれています。

カウンセラーからの一言

今号では前号に引き続き、「男性不妊」を主なテーマとしました。このため、夫が治療にあまり協力的でない面や性生活に消極的な点が強調されるような内容になってしまいましたがあくまでも一般論としてご理解いただきたいと思っています。私が当院の患者様ご夫婦を拝見する限り、ご主人様方は治療にとても協力的で積極的に取り組んでおられます。時には奥様を車で送り迎えするなど、思いやりを持ってフォローして見えます。優しさは伝わってくるものですね。
今号で取り上げた質問項目は、現代日本の全体像を反映した問題提起と受け取っていただきたいと思います。次号では、女性が抱える不安や悩みをきめ細かく拾ったQで構成させていただきます。女性には「年齢」と「卵子のエイジング」という大きな壁がありますが、卵子のエイジングについては新しい研究や改善への知見なども発表されています。皆様の意欲や期待に添えるような回答をご用意できるように、一層勉強を重ねたいと考えていますので、よろしくお願いいたします。

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