一般不妊治療・体外受精・顕微授精 西山産婦人科不妊治療センター

院長 西山幸江(生殖医療専門医・臨床遺伝専門医)
名誉院長 西山幸男(生殖医療専門医)

NEW INFOMATION OF INFERTILITY

クリニック便り

2011年春号

テーマ 日本再生「女性の力」 =女性の年齢と生殖力を考える=

本年3月東北・関東地方における地震、津波、原発などによる災害を受けられ、今も多くの困難に遭遇されてみえる東日本の多くの皆様を日本中のみんなが心配ししています。

西日本に居住している私たちは同じ空の下で心をひとつにして、今、私たちが支援できることを考え行動し、被災地の皆様を応援するとともに一日も早い復興をお祈り申し上げています。

今回のクリニック便りのテーマはとても悩みました。
できれば日本再生に役立てられるテーマはないかとも考えてみました。とはいえ、日本再生を願うべく元気になるテーマはなかなか見つかりません。 そこで初心に戻り、今回は改めて生殖の意味と働きを皆さんと一緒に考え、妊娠と不妊治療のあり方を考えていこうと思います。

現在は、女性の結婚年齢が高くなってきています。お子さんが欲しい方にはぜひ、勇気をもって早めに不妊症外来に足を運んでいただければと考えます。 赤ちゃんが欲しいけれど、なかなか妊娠しないと悩んでみえる方、思い切って不妊症外来を訪れ、治療を受けている方、あるいは、妊娠の予定はまだだけれど、赤ちゃんが欲しい!と思った時に恵まれるかしら?と不安をおもちの方など、女性がご自分の「赤ちゃんを生む生殖力」を考える機会はいろいろです。今回の企画が、そんな方々にも有用な情報やアドバイスとなり、合わせて少しでも励ましにつながることができれば幸いです。

生き物としての生殖力について考えてみましょう。

今年は暦上では春を迎えたのに、3月に入ってから各地で雪が降るなど、天候が不順です。昨年夏の猛暑の影響もあって、果物や野菜の生育には大きな変調が現れました。植物の命と成長は、土から得る栄養、天から恵まれる太陽の光、そして豊かな水に支えられています。自然こそが糧なのですね…。

そんなときに、小学生対象のテレビ番組で「鮭の一生」を見ました。秋から冬にかけて、雌の鮭は約3,000粒の卵を放卵(人間の場合は排卵)し、雄は受精のために放精(射精)します。数日間、産卵した卵たち(受精卵)を守った後、雄雌ともにやがて命の終わりを迎えます。鮭の一生は次世代に命をつなぐ産卵(生殖)行為だけなの…と思ってしまいます。でも、次世代に命をつなぐことは生き物に共通の命の営みです。人間も例外ではありません。

では、私たち人間の「生殖力」はどのように育まれ、維持されるのか、生殖力を低下させる要因にはどのようなものがあるのでしょうか。

生殖力とは…

生殖力とは、妊娠・出産につながる力のことです。産婦人科学には「妊孕性(にんようせい)」という言葉があります。妊、孕ともに「みごもる」と読むことができ、「孕む(はらむ)」という言葉には、「胎内に子を宿す/みごもる」あるいは「芽や穂が出ようとしてふくらむ」などの意味があります。生殖力、妊孕性ともに妊娠し、出産する力ですが、複雑で高度な文明社会を生きる現代女性の場合、さまざまな要因が妊孕性を低下させていると思われます。これは女性に限ったものではなく、男性にもあてはまります。

女性の生殖力の要は卵巣の働きです

女性の場合、生殖力の要は卵巣機能です。卵巣は、視床下部・脳下垂体とホルモンの働きを協同しあいながら、卵子を排卵させる働きをもっています。通常は4週間に1回、成熟卵子が排卵され、妊娠成立への第一歩となります。ところが、排卵には年齢の壁があります。一般論ですが、多くの女性は35歳を境に卵巣機能は低下し、排卵する力は弱くなります。もちろん個人差はありますし、この時期の卵巣機能低下は急激なものではありません。卵巣機能が急激な低下を迎えるのは、50歳前後の閉経期です。

でも、なぜ35歳なのでしょう?
よく言われるのが、生殖期が長いと身体的負担が大きいということです。平均12歳の初潮から数年たって卵巣機能の活動期を迎え、妊娠・出産が可能な生殖期を迎えます。生殖期の始まりが10代後半とすると、35歳までの20年弱の間、女性たちには避妊しない限り妊娠・出産を繰り返し、身体的に大きな負担がかかります。もし、閉経を迎える平均50歳まで卵巣機能が活発なままなら、30年以上になります。このような負担を軽くするために、35歳頃から卵巣機能が低下するのは、生き物としての人間のごく自然な姿というわけです。

不妊症増加の背景にある結婚年齢の上昇

赤ちゃんができにくい女性側の原因として、とても多いのが排卵障害、つまり卵巣機能の低下です。今の日本では晩婚化が急激なスピードで進んでいます。30代後半、あるいは40代に入って結婚される方も少なくありません。結婚や出産時期の選択は個人の自由であり、さまざまな理由で晩婚になることがあります。しかし一般的に晩婚は妊娠しにくい大きな要因のひとつとなります。もし、20代で「子どもが欲しい」と思っていただけたら…。妊孕性をあげることができ、不妊症で悩む方が少なくなるかもしれません。

親世代は25歳前後で結婚していました

厚生労働省統計による初婚年齢を紹介します。 概数ですが現時点で最も新しいデータとして平成21年の平均初婚年齢を紹介します。

全国平均をみると、夫は30.4歳、妻は28.6歳です。三重県の平均は夫29.8歳、妻は28.1歳で、全国平均とあまり差はありません。 では、この方たちのお母さんの世代はどうでしょう。現在28歳の女性は1983年(昭和58年)生まれですが、その頃の平均初婚年齢は以下の通りです。

★昭和50年平均初婚年齢
  • 全国平均  夫27.0歳 妻24.7歳
  • 三重県平均 夫26.8歳 妻24.2歳
★昭和60年平均初婚年齢
  • 全国平均  夫28.2歳 妻25.5歳
  • 三重県平均 夫27.7歳 妻24.7歳

平均とはいえ、昭和50~60年の頃、女性たちは25歳になる前に結婚していたのです。

親世代は25歳前後で第1子を出産していました

結婚年齢が上昇すると、初産年齢も高くなります。

★第1子出産時の母の平均年齢

最初の赤ちゃんを出産する平均年齢が29歳の大台に乗ったのは平成17年で、29.1歳です。
以来、平成18年/29.2歳、平成19年/29.4歳、平成20年/29.5歳、平成21年/29.7歳と、ずっと上昇傾向にあります。
では、この年齢層の親世代はどうでしょう。
昭和50年/25.7歳、昭和55年/26.4歳、昭和60年/26.7歳となっています。
現在28歳の方の親世代はほぼ25歳前後で第1子を出産していたことになります。

最近は10人にひとりは30代後半で結婚しています

女性の年齢を20歳から39歳まで5歳刻みでみながら、その年齢層で結婚した方の割合をみた統計があります。 30代での結婚が多くなっていることがはっきりとわかります。

20~24歳 25~29歳 30~34歳 35~39歳
平成5年 52.02% 72.61% 16.72% 3.35%
10年 44.88% 66.16% 19.62% 4.50%
15年 36.24% 60.82% 23.29% 6.28%
19年 33.25% 61.10% 26.17% 8.14%
20年 33.41% 61.84% 27.71% 8.74%
21年 32.04% 60.64% 28.00% 9.16%

35~39歳の項を見てみましょう。平成5年の場合、この年齢層で結婚した女性の割合は同年齢層の3.35%、10人の女性がいれば約0.3人にすぎません。しかし、平成21年には9.16%です。35~39歳の女性10人中、約1人の方が30代後半に結婚しています。晩婚はごく普通のことになっているのですね。

晩婚と不妊症は深く関係しています

先ほど、女性の妊孕性はほぼ35歳を境に徐々に低下していくとお話ししました。つまり、晩婚は不妊症予備軍になるかもしれないのです。何度もいいますが、個人差はあります。39歳で結婚したあとすぐにお子さんに恵まれる方もいます。しかし、一般的に考えれば、生き物の宿命なのでしょう。晩婚の方ほど妊娠の成立が難しくなっていくのです。

加齢による妊孕性低下の原因は…

女性は30歳を超えると毎年3.5%ずつ妊孕性(にんようせい)が低下すると考えられています。35歳では25歳の女性に比べ、元気な赤ちゃんを得る機会が半減するとも言われています。年齢が高くなると不妊症の頻度が高くなるとともに、流産率も高くなるためです。

また、年齢が高くなると妊孕性が低下する原因のひとつとして、卵巣機能の低下による成熟卵子の排卵が少なくなることが挙げられます。次に重要なのは子宮筋腫、子宮内膜症、子宮腺筋症など、不妊症の原因となりがちな婦人科の病気がふえてくることです。

結婚後1年は宝物のような時間。早い相談を!

20代であれば、1年待っていただいてもいいのですが、30代で結婚した方はできれば早めに不妊症外来に相談していただくことをお勧めします。不妊症が疑われるというのではありません。とくに30代後半、40代で結婚した女性にとって、結婚からの1年、1カ月、いえ1日さえもがとても貴重な宝物のような時間だからです。不妊症専門医に早めに相談し、適切な手助けを受けることで、妊娠に結びつくことは多いのです。

ところが、日本女性の風潮として、結婚から1~2年は自然に妊娠するのを待つ方がとても多いのです。日本では、「生殖可能な年齢にあり、正常な性生活を営んでいる夫婦が、2年間以上にわたって妊娠しない状態」を不妊症(sterility)と定義していますが、アメリカ産婦人科学会では1年としています。 1~2年の間、自然妊娠を待つのは一般的には、20代の方と考えます。30代とくに30代後半の方や40代の方は、1日でも早く不妊専門の医師にご相談される方が良いと思います。受診してから、「もっと早く受診していればよかった…」と考え込まないためにも。

日本女性は加齢による生殖力低下の知識に乏しいようです

妊娠・不妊をテーマに実施した国際意識調査があります。調査回答者は、妊娠を希望するカップル10045人(女性8355人、男性1690人)、ドイツの製薬会社メルクセローノとイギリスのカーディフ大学が連携して調査したもので、同様のテーマとしては過去最大規模ということです。

日本女性は不妊症についての知識が少ない

不妊症について正しい知識を持っているかについてですが、日本はトルコ、中国とともに最も知識スコアが低いグループに位置しています。 たとえば、これまで述べてきたように、女性の妊娠率は30代半ばを境に低下しますが、日本女性の場合、ほぼ半数は「40代の女性は30代の女性と同じ確率で妊娠できる」と思っているようですし、「女性の肥満が妊娠の可能性を低くする」と知っていたのは、日本女性では2割にとどまっていました。

日本女性は不妊症のことを周囲に相談しにくい環境にある

合わせて、不妊とわかった時に家族や友人に相談しやすい国民性かどうかを問うた質問についても、日本は最も低いスコアでした。医学的助言を求める相手や場所、治療の選択肢に関する知識レベルも、インド、中国、ロシアと並び、日本は低さが目立っています。 さらに、不妊治療への取り組む意向についても、日本は他国に比べて最も低いスコアでした。

回答を分析したボイバン教授は、「知識の少なさに加え、不妊について、家族や知人にオープンに打ち明けたり、相談しにくい国民性が、結果として、不妊治療への取り組む意欲の低さにもつながっているとみられる。出生率改善のためには、こうした問題を改善していく必要があるのではないか」とも指摘しているそうです。

2010年6月末、イタリアのローマで開催された国際学会ESHRE(エシュレ:欧州ヒト生殖医学会)に参加し、以上の国際調査報告を傍聴、報告した新村直子さんは、「日本のこれらのスコアから、不妊症や治療に関する知識が他国に比べてまだまだ浸透していないことが読み取れます」と結論づけています。

積極的に知識を得ようとする女性たちも

確かに、こと妊娠・出産、そして自身の生殖力については、結婚後1~2年たって「どうして妊娠しないのかしら?」と疑問に思ってから始めて意識する方が多いようです。結婚までは妊娠は無縁と思っている方も多いからでしょう。その一方で、月経不順や月経前緊張症、子宮頸がん(ワクチンを含めて)、それに20代・30代に多い婦人科疾患について知りたい、知ろうとする女性たちも増えてきています。

とくに東京などの大都会では、漢方薬を含む製薬会社などが主催する「女性の健康セミナー」には、大勢の未婚女性が詰めかけるそうです。大都会で暮らす女性たちほど、仕事で過労気味、心身のストレスが強いなどの事情もあると推察されます。

不妊症について知ることはとても有用なことです

きっかけは何であれ、未婚の女性たち、結婚を前提として交際するパートナーをおもちの方、結婚後しばらく子どもは作らないけれどいつか欲しいという方、さまざまな状況にある女性たちが、生殖力について、妊孕性について、卵巣機能について学ぶ機会をもつことができたらいいですね。合わせて、ぜひ、ご自身の健康状態を知るためにも考えてみたいものです。

不妊症センターは赤ちゃんが欲しいと強く望む方に、積極的に手を差し伸べ、治療とアドバイスを行います。合わせて、子どもが欲しい!と思う時に備えて受診、相談する場でもあるのです。

おわりに

今号では、年齢が高くなるほど不妊率が高くなるというお話をしました。しかし、何度も言うように個人差が大きいのは事実です。では、その個人差はどこから生まれてくるのでしょう。卵巣機能をめぐるホルモン環境の個人差があります。婦人科疾患の有無も関係しています。しかし、本来もっていたはずの妊孕性を大きく低下させる要因も無視できません。

また、最近クローズアップされているのが、食事と栄養の問題です。思春期特有の疾患といわれていた摂食障害は今、30代、40代の女性たちにも増えています。そしてもうひとつ重要なのは男性の生殖力です。女性に若年性の卵巣機能不全が増えているように、男性にはテストステロン低下症や心因性他の原因によるED(性機能障害)が増えています。

次号では、男女双方の生殖力について、現代社会が抱える文明爛熟期特有の問題点を考えていきたいと思います。たとえば環境からのダメージが人間の動物的本能を低下させることも心配されています。男性の中性化? 女性化?の不安など、問題点は少なからずあるように思います。その中から日常生活で改善できる対策などをお話したいと考えています。

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